2018/02/24
オペラ演出を学ぶアカデミーに、聴講生として参加しています。書いたつもりが、ごっそり抜け落ちてしまっていましたので、「語録」として追加しておきます。
演出の内容の説明のような部分、ご本人の思想など色々ですが、素人ですのでご容赦頂ければと思います。尚、オペラ演出についてご専門の、森岡実穂氏によるまとめサイトはこちらです。
[browser-shot width=”600″ url=”http://togetter.com/li/700357″]
人が歌っている内容を理解せずに舞台にのっている人がいる。それでは、演技がつながらない。
自然に持っていたイメージを取り払う作業をしなければならない。(今まで見たオペラのイメージが、頭に刷り込まれている場合がある、ということ)
私の演出は、ディティールが非常に細かいと言われる。小さい部分を丁寧に積み重ねることでのみ、共感できる作品を作り上げることができる。
ヴェルディは、「リゴレット」を作曲した際、時代設定を古くしなければならなかった。しかし、「椿姫」では、(彼が生きた)「現代」にこだわった。2014年の今、「椿姫」を上演するとき、「作品に忠実に」というのは、どういうことか?
作品に忠実に
度々現れる「キーワード」
相手の行動に合わせて動くことで、舞台に緊張感が生まれる。
悲劇の中の「コミカルな要素」が、大変重要である。
歌の先生の中には、「お客さまに向かって歌いなさい」と教える先生も多くいるでしょう。しかし、ヴェルディがどのようなオペラ上演を想定して曲を書いたのか、皆さん想像してみて下さい。ヴィオレッタに向かって歌うべき歌を、お客に向かって歌ってしまったら、このシーンの全てが死んでしまう!
再演が好き。歌う人たちが、それぞれに違う個性を持っているから。
解釈に色々な可能性がある。それが、音楽の素晴らしいところ。
当時のコロラトゥーラは、歌手の技巧をひけらかすためのものだった。ヴェルディのコロラトゥーラは、音楽的にはるかに発展させたもの。
全宇宙で最も素晴らしいものは愛
(同様のご発言は、サロメ上演の際にも語られています)
ヴェルディもワーグナーも、二極化して描いた。「金・所有・権力」⇔「愛」のどちらか。
我々(人類)にとって、最も大切なことを、作品が発している。
ヴェルディは、非常に政治的な意識の持ち主だった(その意識が、音楽にも顕著に現れている)。
残念ながら、今日、音楽の本質とは関係のない、ただ効果を狙っただけの演出がはびこっている。
全ての音を完璧に歌うためにあると思うのは、お目出度い考えだ。